一冊目

【 小さな放浪者 】 前編

  <人数>
   男性 … 2
   女性 … 2
   不問 … 2
   動物 … 1

  合計 7人
  所要時間 約 9分





<概要> 最近ネズミが出て困ってます。


<登場人物>
 久遠 千玄(28・♂)涼暮堂の店主
 ウメさん(82・♀)常連
 橘(57・♂)食品の移動販売をしてる
 久遠 茜(17・♀)千玄の妹
 ヒマワリ:猫
 子供1
 子供2


<配役>
 久遠 千玄♂:
 ウメさん♀:
 橘:♂
 久遠 茜♀:
 ヒマワリ:
 子供1:
 子供2:





○涼暮堂
薄暗い店内。
無造作に積まれた本が今にも崩れてきそう。
千玄、ソファに座り肘掛けに足を投げ出している。
≪SE:本を手に取り、めくる音≫
≪SE:ドアの開く音≫
001 千玄「(ちらりとドアを見る)…」
002 ウメ「千玄ちゃん、こんにちは」
千玄、立ち上がって椅子をひく。
003 ウメ「あらありがとう。よいしょ…っと。はァ、年取るとダメね」
004 千玄「その年で毎日ここまで歩いてこれるンなら、十分元気ですよ」
005 ウメ「そうかしら。昔はもっと走り回ってたんだけどねぇ」
千玄、奥に行って冷たい麦茶を入れて持ってくる。
006 千玄「どうぞ」
007 ウメ「ありがとう。はぁ、冷たくて美味し」
008 千玄「(すぐ横の本棚を目で流しながら)…と、この本でしたよね」
009 ウメ「えぇ。なんだか悪いわねぇ。タダで読ませてもらっちゃって」
010 千玄「そういう店ですから。気にしないで下さい」
011 ウメ「でもねぇ…お客さんが本を読める場所があって、お茶まで出してくれるんじゃァ商売にならないでしょう」
012 千玄「お茶を出すのはウメさんだけですよ。それに元々、そんなに客がくる店じゃないですから」
013 ウメ「ふふふ。でもおばさん、千玄ちゃんが古本屋さんを始めるって聞いた時は驚いたわ。小さい頃からよくウチに来てたものねぇ」
014 千玄「一番近い本屋がウメさんトコだったんで。本屋って涼しいじゃないですか。えーと、確かこの本でしたよね」
015 ウメ「ふふ、ありがとう。(本を開いて)あら?」
016 千玄「?」
017 ウメ「ほらここ。ページが破れちゃってる。変ねぇ。昨日見た時はなんともなかったのに…」
≪SE:ネズミの走る音≫
018 ウメ「あら、ネズミかしら」
019 千玄「ええ、最近住み着いてて」
020 ウメ「そう。じゃあ、ネズミさんに食べられちゃったのかしらね」
021 千玄「まさか」
022 ウメ「良かったらうちのキンギョ、貸しましょうか?」
023 千玄「金魚?」
024 ウメ「そう。ちょっと前からウチに来た猫ちゃんなの。靴下猫でとっっても可愛いのよ」
025 千玄「なんでネコに金魚なんて名前を」
026 ウメ「うふふ、会えば分かるわ。でも残念ねぇ。ちょうど昨日の続きからがないなんて…」
027 千玄「確かこの辺にもう一冊…(本棚を探す)あった(中をパラパラッと確認して)こっちは大丈夫ですよ」
028 ウメ「(本を受け取って)ありがとう。じゃあ、遠慮無く」
ウメ、会釈して受け取り読み始める。
≪SE:本をめくる音≫
029 千玄、自分のソファに戻って座る。
≪BGM:落ち着いた音楽≫
030 千玄N「ここ“涼暮堂”は、所謂古本屋。始めて3年、大した客もなく今日も静かなもんだ。もとより、行列の出来るような古本屋なんて聞いたことがないが…ふぁ…(あくびを噛み殺す)」
031 千玄、小さな寝息を立てて寝る。
○同(夕方)
≪SE:子供の声≫
032 子供1「たろーちゃんまたねー」
033 子供2「また明日なー」
≪SE:タッチの曲≫
034 ウメ「あら大変。もうこんな時間?!」
パタンと本を閉じ、急いで立ち上がる。
035 ウメ「もう橘さんがみえるなんて。晩御飯何にしようかしら」
○涼暮堂・入り口
ウメ、店から出て軽トラに向かって大きく手を振る。
036 ウメ「橘さーん」
軽トラ、店の前で止まる。
意地悪そうに、
037 橘「ウメさん、またこんな所に来てたのかい」
038 ウメ「“こんな所”じゃないわ。とっても素敵なお店よ?」
039 橘「ふんっ、どーだか」
040 ウメ「それより何か良い物入ってる?」
041 橘「今日は良いメバルがあるよ」
042 ウメ「じゃあ今日はそれを煮魚にしようかしら。他にも少し見せて頂戴ね」
043 橘「どーぞどーぞ」
橘、鼻歌を歌う。
千玄、店の前に出てくる。
橘、歌うのをやめムッとする。
044 千玄「こんにちは」
045 橘「ふんっ」
046 ウメ「橘さんったら、またそんな意地悪して。はい、これ頂戴」
橘に野菜や豆腐を渡す。
橘、ころっと商売顔になって
047 橘「はいはい毎度あり。えぇと大根が100円で豆腐も100円、あとこれはー…」
≪SE:看板を裏返す≫
≪SE:ドアを閉める音≫
048 千玄「ふぅ」
≪SE:ネズミの走る音≫
○道(朝)
千玄、買い物袋を持って歩いてる。
049 茜「おにーちゃーん」
後方から走ってくる。
050 千玄「茜」
051 茜「おはよう。朝市の帰り?」
052 千玄「ああ。早いな」
053 茜「今日試合なの。みんなと駅で待ち合わせしてるんだ。なんかイイお魚あったー?」
054 千玄「まぁな」
055 茜「じゃあ夜ご飯食べに行ってもいい? 今日お母さんいなくって」
056 千玄「そうなのか。なら琥珀も連れてこい」
057 茜「ホント?! やったぁ。今日の試合勝てる気がしてきたぞぉ」
058 千玄「(微笑んで)そうか」
≪SE:猫の鳴き声≫
060 茜「ん?」
キョロキョロ周りを見る。
061 千玄「どうした」
062 茜「んー(何かを探してる) あっ、いた」
茜、捨てられた猫を見つける。
063 千玄「猫…」
064 茜「鳴いてたのはキミねー? よしよし」
猫を抱き上げる。
065 千玄「茜」
066 茜「あ、そうだ」
≪SE:カバンをあさる音≫
067 茜「んーと…あった。ここに取り出しますは三つ葉印のクローバー牛乳!! ほら、コレ飲みなー美味しいよー」
068 千玄「おい」
069 茜「なによー」
070 千玄「飼えないのにそんな事するな」
071 茜「えーだってー。お兄ちゃんはこの幼気(いたいけ)な猫ちゃんを見てもなんとも思わないの?」
ずいっと千玄の顔の前に猫を突きつける。
072 猫「にゃー」
茜の勢いに軽く押されながら、
073 千玄「…。そうじゃなくて。無責任なことはしないほうがいいって言ってるだけだ」
074 茜「じゃあお兄ちゃん飼ってよ」
075 千玄「ぇ」
076 茜「ウチはマンションだからムリだけど、お兄ちゃんは悠々自適な古民家暮らしでしょ? しかも一人暮らしじゃない? アラサーの男が一人で一軒家って、寂しくない?」
077 千玄「別に」
078 茜「そうよねぇ、寂しいわよねぇ。そんな時にペットがいると凄くいいと思うの。癒されるっていうの? 現代社会に癒しは必要よ。だから、ね?」
079 千玄「ダメだ。早く戻せ」
080 茜「ちぇー。お兄ちゃんのケチ、いけず、行けず後家」
081 千玄「どこでそんな言葉…しかも色々間違ってる」
082 茜「そんなのどうでもいいの」
083 千玄「それより時間、大丈夫なのか」
084 茜「あ、そうだった。うーん…(苦渋の選択をするかのように)ごめんね猫ちゃん、私もう行かないと」
猫を下ろす。
085 茜「じゃあ行ってきます」
≪SE:走る音≫
086 千玄「はぁ…」
小さく溜息をついて、猫を見る。
087 猫「にゃー」
088 千玄「…そんな目で見るな」
-後半へ続く-

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